勘解由小路 光宙(かでのこうじ みつおき)は、江戸時代末期の公卿。広橋胤定の末子で母は藤波寛忠の娘。勘解由小路資善と日野資矩の娘の養子。室は中山忠頼の娘。
経歴
文政元年(1818年)6月に資善夫妻の養子となり、翌月叙爵を受ける。翌文政2年(1819年)に元服して昇殿を許されて遠江権介に任ぜられる。中務権大輔、皇太后宮少進などを歴任して天保12年(1841年)12月22日に従三位に叙せられる。弘化2年(1845年)に正三位に叙せられるが、文久2年(1862年)に正三位非参議のまま55歳で死去。男子がいなかったため、裏松恭光の四男である資生が光宙の婿養子として後を継いだ。
天保2年(1831年)から死去の年までの30年間の日記(『光宙卿記』)の存在が知られている。
系譜
- 父:広橋胤定
- 母:藤波寛忠の娘
- 養父:勘解由小路資善
- 養母:日野資矩の娘
- 妻:中山順子 - 中山忠頼の娘
- 生母不明の子女
- 女子:勘解由小路咏 - 勘解由小路資生室
- 女子:祐慎室
- 女子:
納子 (天保4年-文久3年) - 山田大路親彦室 - 男子:勘解由小路光尚(天保13年8月13日-明治33年3月15日)
- 男子:藪実方
- 養子
- 男子:勘解由小路資生 - 裏松恭光の四男
脚注
参考文献
- 市古貞次編『国書人名辞典 1』(岩波書店、1993年) ISBN 978-4-000-80081-5
- 野島寿三郎編『公卿人名大事典』(日外アソシエーツ、1994年) ISBN 978-4-8169-1244-3
- 橋本政宣編『公家事典』(吉川弘文館、2010年) ISBN 978-4-642-01442-7

