吉川 喜芳(よしかわ のぶよし、1889年(明治22年)2月2日 - 1967年(昭和42年)4月1日)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
経歴
1889年(明治22年)に茨城県で生まれた。陸軍士官学校第23期卒業。1933年(昭和8年)8月に陸軍技術本部部員に就任し、1937年(昭和12年)8月に陸軍歩兵大佐に進級した。1940年(昭和15年)8月に第11軍兵器部長に転じ、日中戦争に出動した。
1941年(昭和16年)3月1日に陸軍少将進級と同時に独立混成第14旅団長に着任し、1942年(昭和17年)2月に歩兵第57旅団長を経て、1944年(昭和19年)2月に独立歩兵第14旅団長(第1軍)に就任し、潞安の守備に就いた。1945年(昭和20年)3月1日に陸軍兵器行政本部附となり、3月19日に第5方面軍兵器部長兼北部軍管区兵器部長に就任し、札幌で終戦を迎えた。
1948年(昭和23年)1月31日、公職追放仮指定を受けた。
脚注
参考文献
- 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。
- 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。




